大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和45年(ワ)68号 判決 1971年10月20日

原告

古川香

ほか一名

被告

藤沢茂弥

ほか一名

主文

原告等の請求を何れも棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、被告等は各自原告古川香に対し金五百四十三万四千八百五十一円、原告古川良美に対し金五十五万六千六百円及び之等に対する本訴状送達の翌日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一  交通事故

訴外徳竹毛佐男、同渡辺某は原告等に対し、共同して次の不法行為をなした。

(一)  日時、昭和四十三年十二月十一日午後七時五十五分頃。

(二)  場所、横須賀市大滝町一丁目十七番地先路上。

(三)  態様、訴外徳竹毛佐男は、無免許の上、被告等共有の乗用車(長野五さ六四三〇)を運転中、一時停止の標識を無視して進行し、原告等が同乗中の乗用車(横浜六ね九〇〇九)に衝突させ、原告古川香に対し顔面挫創、頸部挫傷、椎間板損傷、両膝挫傷の、原告古川良美に対し腰部頭部挫傷、左肘擦過傷、右下腿挫傷の傷害を負わせたもの。尚、訴外渡辺某は、訴外徳竹が無免許であることを知り乍ら、同訴外人に前記乗用車を運転させ、自己はその助手席に同乗していた。

(四)  経過

(原告古川香)

1 事故当日より昭和四十四年一月八日迄横須賀市米が浜通り横須賀共済病院に入院し、加療を受けた。

2 同年同月九日より同年三月六日迄同病院に通院し、治療を受けた。

3 同年同月七日より同年六月二十八日迄再び同病院に入院し、椎間板損傷に対し、前方固定の手術を受けた。

4 同年同月二十九日より更に同病院に通院し乍ら治療を続けたが、治療費の支出が困難となり、同年九月十三日を最後に病院の治療を打切り、現在に至る。尚、近い将来に後退症の診断を受ける予定である。

(原告古川良美)

1 事故当日より同年同月十六日迄前記病院に入院し、加療を受けた。

2 同年同月二十三日より昭和四十四年四月三十日迄同病院に通院し、治療を受けた。現在幸にして後遺症の兆候はない模様である。

二  被告等の責任

前記加害車両は、被告等の共同所有であるところ、訴外徳竹、同渡辺等が被告藤沢義幸と友人関係にあるため、前記乗用車を、東京見物のため短期間借用し、その途次本件事故を起したもので、被告等は自賠法第三条の運行供用者として後記の損害を賠償しなければならない。

三  損害

(原告古川香の損害)

(一)  治療費残額、金十二万八千七百九十一円。

(二)  通院交通費、金三万六千六百円。

(三)  諸雑費、金五万円、但し、入院及び通院中、一ケ月金五千円の諸雑費を必要とした。

(四)  休業補償費、金九十万円、但し、事故当時、横須賀市大滝町一丁目十番地横須賀さいかやデパート屋上に於て、「横須賀さがみ園芸」を経営していたが、前記入院及び通院中は全く営業が不可能となり、一日少くとも金三千円の収入として、十ケ月間に計金九十万円の休業損失を蒙つた。

(五)  その他の損害

イ 背広・ズボン・下着・ネクタイ等、金五万円。

ロ 高級はちもの類等、金十八万九千五百円、但し、事故当時顧客に運搬中の商品。

ハ 観葉植物類等、金百万円、但し、前記店舗に陳列中の商品で、原告古川香の入院及び通院によりすべて枯れて了つたもの。

ニ 雇人の給料、金十七万九千九百六十円、但し、原告古川香の入院及び通院中、前記営業を継続するための雇人の給料。

(六)  慰藉料、金百五十万円。

(七)  得べかりし利益の喪失、金百万円。

(八)  弁護士費用、金四十万円。

以上合計金五百四十三万四千八百五十一円。

(原告古川良美の損害)

(一)  通院交通費、金三万六千六百円。

(二)  諸雑費、金二万円、但し、計算は前記の通り。

(三)  前記(五)のイと同じ、金五万円。

(四)  慰藉料、金四十万円。

(五)  弁護士費用、金五万円。

以上合計金五十五万六千六百円。

四  よつて、原告等は前記損害と遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。と陳述した。〔証拠関係略〕

被告等訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、答弁及び抗弁として、

一  請求の原因第一項の内、訴外徳竹毛佐雄が原告等主張の日時場所に於て、被告茂弥所有名義の乗用車を運転中、原告等が同乗中の乗用車に衝突させ、原告古川香に対して顔面挫創、頸部挫傷、両膝挫傷の、原告古川良美に対して頸部挫創の各傷害を負わせたことを認めるが、同項のその余の事実は不知。同第二、三項は何れも不知。

二  本件加害乗用車の所有名義は被告茂弥となつているが、実質的にはその長男被告義幸(昭和二十三年六月二十七日生)の所有である。即ち、被告義幸は、昭和四十二年一月十九日に自動車運転免許を取得し、同年十一月右車両を購入したのであるが、当時未成年であつたため、便宜上父の被告茂弥の名義としたのである。そして、被告茂弥は、未だ曾つて自動車運転免許を取得したことがなく、右車両は専ら被告義幸が管理使用していたものである。従つて、被告茂弥は、運行供用者としての責任を負わない。

三  次に、本件事故の前日たる昭和四十三年十二月十日午前十時頃、被告義幸は、友人の訴外渡辺隆幸より、同訴外人が運転して松本市迄赴き、夕刻迄帰るとのことであつたから、謂われるままに前記乗用車を貸与したところ、同訴外人等は、擅に東京都内を経て横須賀市迄運行し、本件事故を起すに至つたのである。よつて、被告義幸には全く前記車両の運行支配及び利益がなく、自賠法第三条の運行使用者としての責任はない。又、被告茂弥が、前記車両の所有名義人であるために、何等かの責任を負うことがあると仮定しても、同様の現由により、本件事故につき運行供用者としての責任を負うことはない。

四  被告等は、原告等主張の損害発生の事実を知らないが、仮にその主張の損害が発生したとしても、自賠法第三条によつて自動車の運行供用者たるべきものが賠償の責に任ずるのは、所謂人的損害に限られ、物的損害は同条の損害に該当しないから、原告古川香の(五)イロハ、原告古川良美の(三)の各損害は、何れも失当である。

五  次に、被告等は、仮に損害が生じたとしても、以下の通り相当額の過失相殺を主張する。

(一)  本件事故現場は、被告車が進行してきた幅員一〇・五メートルの道路と、原告車が進行してきた幅員九・八〇メートルの道路とが、略々直角に交差する見通しの悪い、然も交通整理の行われていない交差点である。従つて、右の各道路の幅員からして、原告車の進行してきた道路が道交法第三十六条による優先道路でないことは改めて言う迄もない。一方、被告車の進行してきた道路には、交差点の手前左側に一時停止の標識があり、ここを通過する車両は一時停止の義務を課せられることになるが、然しこのことは、標識の設置されている道路を通行する車両に一時停止の義務を課するに止り、これと交差する道路を進行する車両に優先通行の権利を与える効果迄有するものでないことは、既に最高裁の判例である。右のような状況に於て、本件の如く極めて見通しの悪い交差点に進入する場合、原告車としても、直ちに停車できるような速度に減速徐行し、左右の安全を確かめる義務が当然にあつた。

(二)  本件事故は、前記交差点の略々中央附近に於ける出会いがしらの衝突であり、同地点に被告車を進行させてきた訴外徳竹毛佐雄の、一時停止を怠つた過失が一半の原因をなすものであることは被告等も認めるが、然し乍ら、前述の通り、原告車を運転していた原告古川香にも、滅速徐行と安全確認の義務があつたにも拘らず、何等の根拠もなく優先権があるものと誤信し、時速三〇乃至四〇キロメートルの速度で同地点に進入してきた過失があり、結局、本件事故は、訴外徳竹と原告古川香との各過失が競合して生じたものである。従つて、仮に原告古川香に於て本件事故により何等かの損害を蒙つたとしても、その損害額は、同原告の過失の加功の程度に迄相殺減額されるべきである。

(三)  尚、原告古川良美の損害についても、同原告と原告古川良美とは兄弟であつて、言わば一体的な共同生活関係にあり、又、仮に被告等に於て全損害を賠償した場合には、原告古川香の過失の割合迄原告に求償し得る関係にあるから、原告古川香の過失の割合に応じて相当額の減額がなされるべきである。

と陳述した。〔証拠関係略〕

理由

一  請求の原因第一項の内、原告等主張の日時場所に於て、訴外徳竹毛佐雄運転の乗用車(長野五さ六四三〇、以下被告車)と、原告等が同乗中の乗用車(横浜六ね九〇〇九、以下原告車)とが衝突し、原告古川香が、顔面挫創、頸部挫傷、両膝挫傷の、原告古川良美が、頸部挫傷の各傷害を受けたことは、何れも各当事者間に争がない。

二  よつて先ず、被告藤沢茂弥の責任について案ずるに、〔証拠略〕を総合すると、

(一)  被告藤沢義幸は、昭和二十三年六月二十七日被告藤沢茂弥の長男として出生し、昭和四十二年三月長野の県立高校を卒業後長野市内のトヨタカローラー長野に自動車整備士として就職し、父の許に同居して通勤していたが、既に高校卒業前に自動車運転免許を取得していたのと、仕事の関係上、同年十一月頃自己資金をもつて勤務先より中古車の被告車を代金四十五万円で購入するに至つた。

(二)  当時被告義幸は未成年であり、被告車の売買契約書作成に必要な印鑑証明書を入手出来ないため、被告茂弥の承諾の下に買受名義人を被告茂弥とした上、同被告を被告車の登録名義人とした。

(三)  被告義幸は、被告車を自宅より約三百米離れた第三者の物置に保管すると共に、専ら通勤用に使用し、且つ、修理代金、その他の管理費用、強制保険の保険料等一切を負担していた。

(四)  被告茂弥は、以前より国鉄職員で、自動車の運転免許を取得したことがないのは勿論、被告車の使用関係には全然関与しなかつた。

以上の事実が夫々認定され、他に之に反する証拠は存在しない。そうだとすると、被告車の実質的な所有者は被告義幸であると認める外はないので、被告車が被告等の共有に属するとの原告等の主張は採用し難いものと言わねばならない。更に、被告車の運転、維持、管理がすべて被告義幸の責任と負担とに於て行われていた以上、被告茂弥が、本件事故発生当時、被告車の運行を支配し、且つ運行による利益を得たとは到底認められないから、被告茂弥が被告車の運行供用者であることを前提とする原告等の主張はすべて失当たるを免かれない。

三  次に、被告義幸の責任について検討するに、〔証拠略〕を綜合すると、

(一)  昭和四十三年十二月九日午前十時頃、被告義幸の勤務先に、同被告の友人訴外上田某の友人で、約半年以前より顔見知り程度で住居も定かでない訴外渡辺隆幸が、未知の青年数名と共に訪れ、県内の松本附近迄ドライブし、夕方には帰るから被告車を借り受け度い旨申込んだ。同被告は、一抹の不安を抱いたが、帰宅する迄の間ならばと思い、止むを得ず被告車の貸与を承諾した。

(二)  訴外渡辺隆幸は、同年同月十日午後五時頃、被告車を借り受ける際同行した友人の訴外徳竹毛佐雄、同浅野文男の両名を同乗させ、被告車を運転して長野県を出発し、東京都江東区内の上田貨物に勤務する友人訴外坂口宰男方に向い、同日深夜訴外坂口方に到着して一泊したのち、翌十一日午前九時頃、今度は同訴外人を加え、四名にて横浜、横須賀方面に向つたが、訴外渡辺が地理不案内のため、訴外坂口が被告車を運転した。

(三)  訴外渡辺等四名は、横浜市を経て同日午後一時頃横須賀市に到着し、同市内に於て所用を済した後、午後七時五十分頃帰途に着こうとした。ところが、同行の訴外徳竹毛佐雄が、長野県公安委員会より自動車の運転免許を停止されているのに拘らず、にわかに被告車の運転を思い立ち、訴外渡辺を同乗させて地理不案内の横須賀市内を走行する内、本件事故を惹き起すに至つた。

(四)  同日、警察を通じて本件事故発生の連絡を受けた被告義幸が、急遽自動車にて横須賀市に赴いてみると、被告車は修理不能の程度に大破していたので、同被告は直ちに被告車を処分して了つた。

以上の各事実を夫々認定するに足りる。他に右認定を覆えすべき証拠は存在しない。

四  ところで、本件の如く、自動車を一時他人に貸与した者が運行供用者に該当するか否かについては、従来より見解の対立するところである。一般には、貸借期間の長短、貸主と借主との人的特殊関係、貸主の運行関与度、対価の有無大小等の具体的な諸般の事情を考慮し、運行支配と運行利益の帰属を吟味して決すべきものと解されている。

先ず本件に於ては、貸主と借主との人的関係が極めて稀薄であると言わねばならない。即ち、被告車を借り受けた訴外渡辺は、被告義幸の友人訴外上田某の友人で、同被告は約半年前より顔見知りの程度でその住居さえ知らず、又、訴外渡辺と同行した訴外徳竹、同浅野の両名に至つては全く未知の間柄であると言うのであるから、被告車の貸主と借主との間に、雇傭関係、家族関係、或いは之に類するその他の密接な人的従属関係を肯定し難く、同被告は、被告車の運行に関し、密接な人的支配を通じて指揮・監督・指示・制禦等をなし得る立場にあつたものとは認め難い。之に加えて、訴外渡辺が、長野県内の松本迄往復し、当日の夕方に返還すると約束したことから、無償の使用貸借が成立した事情にあるのに、本件事故が返還予定日の二日後、然も同被告の予想だにしない県外の横須賀市に於て発生した許りか、被告車が途中訴外坂口によつて長時間運転された後、更に訴外徳竹の無免許運転により本件事故が惹き起された経緯にあるので、所謂無断運転の要素が極めて強度であることを肯定せざるを得ない。結局、本件に於ては、貸主である同被告が運行供用者に当ると解することには些か無理があり、貸主の運行支配を否定するのが相当であると考える。従つて、同被告が運行供用者であることを前提とする原告等の主張は、すべて失当として排斥を免かれないものである。

五  かかる認定に対し、車両の返還が予定されている以上、貸主には潜在的に支配権が留保されているとの反論が予想される。然し乍ら、貸主が、具体的直接的且つ効果的にその支配権を行使し難い状態にあると認定する外なき本件では、貸主は、被告車の運行自体についての注意義務を要求される立場にはないと考えるべきであり、車両の返還予定関係の存在により、直ちに運行支配を肯定することが出来ないと解する。

尤も、車両の保有者は、みだりに車両を他人に貸与すべきではない。若し之を貸与する場合、貸主には事故防止のため最大限の注意義務が有ると考えられるから、之に違反した貸主には車両の管理に関する責任があるとしなければならない。然しこれは、車両の運行の問題とは別個であると言うべきである。

尚、危険責任主義と報償責任主義に立つ自賠法第三条の立法趣旨及び之に伴う政策的考慮から、日常連行の利益を享受している貸主の責任を認めるのが望ましいとの考え方も有り得るが、被告車の運行が専ら借受人らのため排他的に行われたと評価するのを妥当と解すべき本件では、貸主に運行供用者責任を帰するのは過酷であると言わねばならない。

六  以上の次第で、爾余の争点について判断を進める迄もなく、原告等の請求は何れも失当として棄却されるべきものである。

七  よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用した上、主文の通り判決する。

(裁判官 石垣光雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例